デス・オーバチュア
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それは嵐の前の静けさ。 超竜姫とソードマスターは無言で向き合っていた。 傍観者達も全員立ち去り、怖いほどの静寂が森を支配している。 「……始めるぞ」 ガイの目つきが変わった瞬間、彼を中心に黄金の闘気が爆発するように周囲へと解き放たれた。 闘気の解放、たったそれだけのことにより発生した爆風と衝撃が、大気を揺るがし、大地を震撼させる。 「ふん、少しは楽しめそうね……」 皇牙は闘気の暴風の中を平然と立っており、ニヤリと楽しげに微笑った。 「はああっ!」 気合いの掛け声と共に、彼女の全身から青い闘気が爆発的に放射される。 黄金と青の闘気がそれぞれ巻き起こした爆風と衝撃が、互い呑み込もうと激しく押し合いながら拮抗していた。 「ねえ、人間の『闘気』って普通はもっと薄汚い黄色じゃなかった?」 「ちゃんと黄色だろう? 少しばかり輝きが激しいだけで……」 ガイの闘気は黄色は黄色でも『黄金』……目も眩まんばかりの金色の輝きを放っている。 「生意気な輝きね……」 爆風や衝撃は治まり、青い闘気は皇牙の全身を包みながら炎のように燃え上がっていた。 黄金の闘気も、ガイの全身を覆うように輝きを増しながら集束していく。 「……ふっ!」 「があああっ!?」 一瞬消えたかと思うと、ガイの姿は皇牙の目前に出現しており、無手の右拳が皇牙の腹部へとめり込んでいた。 「何を油断している? 始めると言ったはずだが?」 「くっ!」 ガイは右拳を引き戻すと同時に左上段蹴りを放つ。 今度は黒鱗外皮(スケイルコート)こと二枚の黒翼が反応し、皇牙の全身を包み込んでガイの蹴りを遮っていた。 「自動防御(オートガード)か? 便利そうだが……俺の動きについてこれるか?」 「なっ!?」 皇牙の視界からガイの姿が再び消える。 次の瞬間、突風が巻き起こり、皇牙を空高く舞い上げた。 「つっ……」 「どこを見ている? こっちだ!」 ガイは皇牙の頭上に出現すると、左足の踵を彼女の脳天に叩き込んだ。 「がああああああ!?」 皇牙は隕石のように勢いよく地表に叩きつけられる。 「ふん……」 ガイの姿が空から消えたかと思うと、入れ代わるように地上に姿を現していた。 「……痛あぁ……速さだけは大したものじゃないの……人間(雑菌)のくせに……」 脳天をさすりながら、皇牙は立ち上がる。 彼女の脳天にはたんこぶができており、かなり痛そうにしていた。 「わざとらしい……いくら闘気で強化されているとはいえ、俺の拳や蹴りぐらいでは大したダメージはあるまい?」 「……ていうか、あんた異界竜(あたし)と肉弾戦するつもり? 正気?」 「まさか……お前があまりに無防備だったんでな、少し遊んでみただけだ……」 ガイは左手に持っていた青銀色の剣を両手で握り直す。 「さあ、ここからが本番だ……これ以上油断しているとあっさりと終わってしまうぞ」 「つぅっ! 調子に乗るな、この人間風情があああっ!」 皇牙は両手を爪刀と化し、ガイへと飛びかかった。 「疾風にて汝が勁草(けいそう)を示せ……」 しかし、皇牙の爪刀が届く前にガイの姿は薄れるように消え去る。 「一塵法界(いちじんほうかい)!」 「ああああああああああああっ!?」 そして、凄まじい風の爆音と共に、皇牙が全身から血を噴き出しながら空高く打ち上げられていた。 「う……うう……嘘よ! こんなの嘘よ! あたしが……最強の異界竜であるこのあたしが……」 空高く打ち上げられた皇牙は、黒翼を羽ばたかせてなんとか空中で体勢を整える。 全身に刻まれた無数の傷はそれ程深いものではなかった。 だが、彼女の精神が受けた衝撃はこれまでになく強烈なものである。 「何が受け入れられない? 『斬られた』ことか? それとも俺に手も足も出ないことか?」 「り……りょ……両方よおおっ! あああああああああああああああああっ!」 ギロリとガイを睨むと皇牙は叫びを上げて、全身から青い闘気を爆発させた。 「超!」 皇牙は突きだした両手の手首を合わせる。 「なっ!?」 「竜!」 まるで竜の口のようになった両手首の中に青い光球が生まれ、急速に輝きと巨大さを増していく。 「馬鹿がっ! 地上そのものを吹き飛ばす気か!? 」 「波!」 皇牙の突きだした両手首から、巨大な青き光球が撃ち出された。 「これが完全版の超竜波よ! 地上ごと消え去るがいいぃぃっ!」 光の尾を引く巨大な青き光球がガイへと迫る。 「完全版か、こっちはまだまだ未完成版だが仕方あるまい……」 迫る巨大な青き光球に対して、ガイは一歩も退かず、静寂の夜を大上段に振りかぶった。 「はあああああああああああっ!」 ガイは瞬時に闘気を限界まで高める。 高められた闘気が静寂の夜に注がれ、青い月光のように美しく光り輝いた。 「いまさら何をしようと遅いわよ!」 「殲風院流奥義……殲風裂破(せんぷうれっぱ)!!!」 振り下ろされた静寂の夜が青銀の閃光を放った瞬間、巨大な旋風(螺旋状の風)が九つ同時に解き放たれる。 九つの旋風は一つの超巨大な旋風に束ねられると、青い光球と正面から激突した。 「なああああっ!?」 超巨大旋風はあっさりと青い光球を渦の中に呑み込むと、そのまま皇牙へ直撃する。 「あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!?」 皇牙の姿は夜空を埋め尽くすような爆風と青光の中へと消え去った。 「……くっ……うう〜……」 静寂を取り戻した夜空から、ふらふらとした不安定な軌道で皇牙が落下してくる。 彼女の黒い両翼は無惨にも根本から引き千切られていた。 その上、全身くまなく切り傷だらけで、大量の鮮血で濡れそぼっている。 「黒鱗外皮が殆ど吹き飛ばされた……ていうか、黒鱗外皮の防御(ガード)が間に合わなかったら逝ってたわね……」 もしも、黒鱗外皮の反応が僅かでも遅かったら、皇牙自身が跡形もなく千切れ飛んでいるところだった。 「……うっ……くっ……」 皇牙は目眩を覚え、大地に片膝をつく。 「今……もう一度さっきの技をくらったら……やば……えっ?」 目の前にガイが居た。 ガイは九つの旋風を放った形で立ち尽くしている。 「……死んでる?……いえ、気を失っている……のね……」 皇牙は安堵の息を吐いた。 正直、これ以上この男とは戦いたくない。 「…………」 今のうちにこの場を去るか、それともトドメを刺しておくか、皇牙は一瞬悩んだ。 気絶しているうちに去るのは逃げるみたいだし、意識のない相手にトドメを刺すのはそれこそ卑怯な気がして……どちらも嫌である。 「……悪いけど、あんたとはもう二度と殺り合いたくないのよ……」 皇牙は後の憂いを排除する方を選んだ。 「誇るがいいわ、このあたしにこんな情けないことをさせる、あん……あなたの強さを……あの世でねっ!」 爪刀と化した右手がガイの左胸めがけて突きだされる。 「……あっ?」 皇牙の右手はガイに届く寸前で切り落とされた。 右手を切断される直前に聞いたのは心地よい鈴の音、感じたのは烈しい熱気。 「失礼、互いの名誉をかけた決闘なら手を出すつもりはありませんでしたが……」 「後!?」 声と共に背後に生じた気配へ向けて、皇牙は迷わず爪刀を斬りつけた。 だがそこには何もなく、爪刀は虚しく空を裂く。 「意識のない相手の命を奪うのは些か姑息というか……華麗ではありませんわ」 「そこかっ!」 皇牙は左手を突きだし、声のした場所へ青い光球を撃ちだした。 しかし、やはりというかそこには誰も居らず、青き光球は虚空を通過していく。 「一応顔見知りなので助けさせてもらいます」 「くうっ!?」 「烈火十字斬(れっかじゅうじざん)!」 荒れ狂う炎を纏った真赤の薙刀が、皇牙を十文字に切り裂いた。 心地よい音を鳴らし、真赤の薙刀が赤い鈴へと転じる。 「お……おのれ、雑……」 深々と十字に切り裂かれながらも、皇牙はフレイアの背中に両手の爪刀を斬りつけようとした。 「浅い?……ですが……」 「ああ……ああああ……ああああああああっっ!?」 十字の傷の内側から烈しい炎が噴き出し、皇牙の全身を包み込む。 「ぐああああっ!……消せない!? 普通の炎じゃない!? これは……ああああああああっっ!」 「…………」 フレイアは、火達磨になってもがく皇牙を無視して、ガイの傍へと歩み寄った。 「……大丈夫ですか? えっと……ガイ・リフレインさん?」 「……うっ……フレア?……フレア・フレイア?」 ガイの瞳に光が戻る。 「名前を覚えてくださっていて光栄です……と言うより、『姿』をお見せするのは初めてのはずですがよくお解りに……」 「あ……ああ?」 赤い少女の顔を見た瞬間、反射的にその名前が脳裏に浮かんだのだ。 クリア国最初エラン・フェル・オーベルの口からたった一度だけ漏れた『姿無き護衛』の名が……。 「いや……それ以前にも聞いた覚えが……?」 「どうされました?」 フレイアが心配げな表情でガイの顔を覗き込んできた。 「あ……いや……なんでもない……」 『む……むうう〜?』 可愛らしい唸り声を上げて、青銀色の幅広の剣がガイの手から飛び出し、青銀色の髪をした幼女アルテミスへと変じる。 「ガイ〜、浮気は駄目だよ〜」 アルテミスはガイに抱きつくと、その脇腹をぎゅっと抓り上げた。 「何を馬鹿馬鹿しいことを……痛ううっ!」 呆れたような表情で嘆息したガイが、痛みに顔を歪める。 「あ、ごめん! そんなに痛かった?」 「そっちじゃない……両腕だ……」 ガイの両腕は、アルテミスが抜けでた後も両手で剣を握った形のまま固まっていた。 「ああ……やっぱり両腕千切れちゃったんだね?」 「なあに……ちょっと両腕の筋肉がズタズタに千切れ、骨が粉々になっただけだ……すぐに治る……」 「……普通、すぐには直らないと思いますわ……」 あまりに非常識な発言に、自らの存在自体の非常識さを棚に上げてフレイアがツッコミを入れる。 「鍛え方が違う……」 骨は粉となり、筋肉、腱、神経……全てが千切れ、動くはずのない両腕の肘があっさりと曲げられた。 「そ……そのようですわね……」 「……たかが両腕が『再起不能』になっただけで、一瞬とはいえ意識を失うとは……俺もまだまだだな……」 再起不能のはずの両腕を、ガイは試すようにいろいろと動かしてみせる。 「……ひ……非常識な方……」 フレイアは驚きと呆れの混じったような微妙な表情を浮かべた。 「ふん、この程度のことで化け物を見るような目をすることもないだろう……俺以上の化け物が……」 ガイはからかうような、少し意地悪げな微笑を浮かべる。 「んっ、見ていたのですか……?」 「いや、やった瞬間は見ていないが……それはお前の仕業だろう?」 そう言ってガイは、フレイアの背後を指差した。 「……ざ……雑菌んんんんっ!」 全身を焼け爛らせた皇牙が背後からフレイアに襲いかかる。 「……まったく……ウザイ、黒蜥蜴ねっ!」 「えっ?」 ガイとアルテミスが見ている前で、フレイアの口調と『姿』が変わった。 顔つきが別人のようにきつくなり、平坦だった胸が膨らみ、左側に結ばれていた青いリボンが右側に移り、ワンピースのスカートには深いスリットがはしる。 「聖邪六星炎(せいじゃろくせいえん)!!!」 『フレア』が振り返り様に燃える指先で虚空に六芒星を描くと、正面、上空、左斜め上空、右斜め上空、左横、右横に炎でできた六芒星の魔法陣が浮かび上がり、そこから一斉に超巨大な火球が撃ち出され皇牙に激突した。 六つの超巨大火球の爆発によって生じた爆炎が皇牙を呑み込み、爆風がフレアを空高く舞い上げる。 「まだよ、まだ! この程度で済むとは思わないことねっ!」 フレアの正面の火炎魔法陣が真下に、左右の魔法陣も僅かに下へと下がり、六つの火炎魔法陣は彼女を中心として巨大な六芒星を描くように、それぞれ星の頂点の位置へと配置されていた。 「燃え尽きなさい、この私の炎(情熱)でっ!」 六つの火炎魔法陣から同時に超巨大火球が吐き出され、皇牙が消えた爆炎の中へと叩き込まれる。 「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 死んでしまえええっ!」 火炎魔法陣から超巨大火球が物凄い速さで連射され続けた。 超巨大火球は全て爆炎の中へ撃ち込まれ、爆炎の激しさとその蹂躙範囲を際限なく広げていく。 「なんて無茶苦茶な女だ……」 「うん、さっきの異界竜みたいに切れたわけじゃなくて、平常時でアレみたいなのが逆に怖いよね……」 ガイはアルテミスを抱きかかえて、全速で超巨大火球の降り注ぐ地点から遠ざかっていた。 「常時狂っているわけか……」 「違うよ、ガイ。彼女にとっては狂った状態こそが『正常』なんだよ」 爆炎は休むことなく蹂躙する範囲を広げ続け、ガイ達を追ってくる。 「……何にしろ、獲物をこのまま横取りされるのは面白くない……」 「ええ〜、もうあの狂女に任せて帰ろうよ〜。お腹空いたし〜」 「駄目だ」 「ううぅ〜」 不満げなアルテミスの唸りを無視して、ガイはその場に立ち止まった。 「アルテミス……」 ガイはアルテミスを地面に下ろすと、無言で目で促す。 「う〜、解ったよ。その代わり……」 「ああ、後で好きなものを好きなだけ奢ってやる」 「絶対だよ! 約束したからね〜!」 アルテミスは青銀色の幅広い剣『静寂の夜』へと転じ、ガイの左手へ吸い込まれるように握られた。 「さてと……」 先程まで再起不能だったはずの左手をブンブンと振り回す。 「今度こそ極めるか」 ガイは、静寂の夜の剣先を迫り来る爆炎へと突きつけた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |